• しんちゃん

近代図書館にて・・・。

最終更新: 2月21日



唐津市近代図書館所蔵の「岸田家文書」は唐津藩の庄屋史料約1700点。 岸田家は佐志組大庄屋として明治維新を迎えた。 御用記録や年貢割付の免割帳、取立帳などが豊富に残る。 (『郷土資料目録 Ⅰ』唐津市近代図書館、1995年)。

唐津藩の庄屋たちは、ほとんど松浦党波多氏や草野氏などの旧家臣の家筋であり、

岸田家もそうした系譜をもつ。 岸田喜一永貞が天明5年(1785)に外津村庄屋に任命された。 その後は寛政6年(1794)に神田組大庄屋、同8年に久里組大庄屋、

同9年に佐志組大庄屋となり、明治4年(1871)まで佐志組大庄屋として存在した。 岸田喜一の跡は子の安蔵永命が継ぎ、八太郎(誠八郎)・永久三之助永言へ相続されていく。 したがって、岸田家文書は、岸田家が佐志組大庄屋となった寛政9年以降が中心であるが、それ以前の史料も含まれており、代々佐志組の大庄屋文書として受け継がれてきたことがわかる。 岸田家文書は江戸中期の元禄・享保期から明治前期まで残っている。 なかでも村政全般を記した御用記録は豊富であり、元禄から明治まで約80冊ほど残る。 また和書も多く残っており、唐津藩庄屋層の文化・教育活動のあり様をうかがうことができる。 歴史史料のなかで年貢関係の史料がもっとも多く、稲を植え付けた時の根付証文、村に年貢が課され村民に年貢を割り付けた免割帳、年貢取立の物成取立帳、納入後の勘定帳という年貢に関わる一連の史料がよく残っている。 さらに人頭税であった日銭制や赤子養育に関する史料、庄屋が独自に開いていた庄屋会議の史料など、まだ明らかにされていない唐津地域の江戸時代史に関する多くの史実を、岸田家文書は内包している(九州大学 宮崎克則)。

私との関係は、

岸田喜一永貞→安蔵永命(長男)→誠八郎(長男)→三之助(長男) →永英(長男)→→遼一(長男)→鋼(長男)<私の父>→岸田真一(私)

遼一(私の祖父)は、父・鋼が7歳のときに永眠していますので・・・

私は、祖父を知りません!!

すごい家系に生まれていたのですね^^;

ご先祖様が書かれた書物が、唐津の歴史資料として残されているのは、

誇らしいことですよね!!

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