• しんちゃん

岸田音次郎

最終更新: 2月21日

唐  津  港  唐津港の生命は郡の南方の諸炭田にありて、輸出入共に石炭を除きて他に本港の価値を左右し得べき物産はない。石炭即ち本港の生命である。地方有志の奔走の結果明治二十二年七月特別輸出港となる。これ今の東港である。されど同港は水探浅くして大船巨舶を繋ぐに不便である。偶々海軍出張所長(海軍用炭所管場長)星山大機関士が唐房湾が天然の良港たることを唱へしより、或は東港浚渫(しゆんせつ)を主張するものと、唐房湾利用を唱ふるものゝニ派を生じたが、大勢は唐房湾説に傾き、二十九年二月二十八日大島小太郎、菊池音蔵、岸田音次郎、市川才次等十名が関係町村発起人総代となり、唐房湾開港のことを唐津村長中島磯之助の名儀により、農商務大臣榎本武揚に出願した。時の佐賀県知事は田邉輝実にして書記官は山田春三であった。

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